天台宗

熊野山観音院
玉泉寺


開創
永正元年 (西暦1504年)

本尊
薬師如来
(秘仏にて寅年の春のみ御開帳)

玉泉寺は、 多摩川の清流と深い緑の中に、歴史を物語る多くの古墳を持つ狛江市で、一大住宅街中の
オアシス的境内を持つ寺院です。
当山、大古は大輪寺と云い、多摩川の対岸に在り、人皇第34代舒明天皇六甲午年(634)10月浄慶法印の
開創にて、薬師文殊の両像を安置しました。

年を経て建造物も年輪と共に次第に荒廃していき、文応年間北条時頼が諸国行脚の折り、荒廃した
堂宇を再造営しましたが、戦乱の世、兵火を逃れ得ても、多摩川の度重なる洪水により甚大な被害を受け、
その折文殊の尊像を失い、薬師の尊像のみを奉安しています。
 

中興開山尊祐法印、その敷地を左岸に求めて、永正元甲子年(1504)
10月17日堂宇を再建して、行基作の十一面観音(右絵)を併安し、
更に鬼門除として熊野権現を祀り、「熊野山観音院 玉泉寺」と
改称しました。

第23世堯允(明治36年〜昭和12年) 在任中、昭和初期、小田急電鉄が
境内西部を横断し、和泉多摩川駅 を開設、寺の南部は一躍商店街と
なります。

第24世堯侃(昭和16年〜平成9年) 在任中、平成初期、小田急電鉄の
輸送力増強のため寺領が東京都等に収用されました。
それを期に「照隅殿」をはじめ、観音堂・帝釈堂・山門等が改修され、
寺容が整備されました。

第25世貞昭(平成9年)法燈を継ぎ、五百年を経過しています。     
 多摩観音霊場 十九番札所
 
 
 行基作の十一面観音